会長敬白

9.自動車業界の凄い人

話は最初の会社のボンさん時代に戻ります。工具(どーぐ)のお話しです。
 先輩のシマさんが、新品のKTCのセットを手に入れた。「うぉー・・・。KTCのフルセット!えぇーなぁー」とみんなが羨ましがった。この業界では汎用のどーぐは個人の所有物を使います。板前さんの包丁のようなものでしょうか。

 持ち主を示すマーク(個々人の固有の場所にグラインダーで削って線を2本入れる)で識別していた。時々他人のマークのどーぐを仕舞い込んでよく叱られたりもした。そんな中でシマさんは、当時の業界人の憧れ・KTCのフルセットを手に入れたわけです。

 ボンさんであった私も自前のどーぐが要ります。私の最初のどーぐは、そのシマさんから、いくらだったか忘れたけど廉く譲ってもらったモノ。忘れもしないその工具箱の中身。こんなどーぐで構成されていた。必要最低限だったが、ボンさんに廻されてくる仕事をこなすには足りた。憧れはシマさんのKTCフルセット(当時は永久保証付き)やっぱりKTCは切れが一味違った。締まった感がきちっと有った。いつかはKTCをマイどーぐにしたい。するんだ!とベコボコの薄い道具箱をぶら下げてココロに誓った私。

【ドライバーセット】
黒い木の柄のTKC。プラスのNo2は遠の昔に寿命をまっとうしていた。永年の工具人生ですっかりカドが取れた人格者の#2は良く滑った。最初に新品で買ったマイどーぐは2番のプラスとなった。スタッピ(スタビーの事)のプラスとマイナス。N360のポイント交換の必需品。これは思い出深い。ホンダZのポイント交換後、エアクリーナーの上に上向きに置いたままボンネットを閉めた。当然、そのまま突き刺さって、かわいい見事な十字マークをボンネットにプレス加工した。見事な十字マークと、この時にいただいたゲンコツは今でも忘れない。

【スパナセット】
トヨタの車載工具が混っていた。当時、トヨタの車載工具はプロの間でも使われるしっかりしたモノだった。ちゃんとメッキされていてガタも少なかった。メーカー側でTQCとか改善活動とかで味のあるムダの住み場が無くされる前の、良き時代の遺物だったのだろうか。車載工具としては確かにオーバークオリティーだった。

【メガネセット】
トネだったと思う。なぜか新品に近いモノだった。シマさんはメガネだけ買い換えた後、思い切ってフルセットを買ったのだろうか。モウケ!

【クリップツール】
ペンチ、プライヤー、ノーペン(先細のプライヤー、ノーズプライヤーです)

【ハンマー】
何ポンドだったか忘れたが、そんな事よりなによりクサビがよく抜けた。すると、当然ヘッドも飛んで行く。とてもとても危ない、使い手を選ぶハンマーだった。

【ボックスセット】
ラチェットハンドルはKTCだった。

【Tレン】
今はめったと使わなくなったが、自動車時代は一番良く使ったどーぐ。12.7mm差し角のでかいユニバーサルTレンの10、12、14ミリ。

【タガネ】
これは必需ツール。

 何でタガネが必需ツールなのか。こうして、使いこまれた工具セットを安く分けてもらって、それに少しずつ工具を補充して使っていた当時。しょっちゅうネジの頭をなめてしまう。どーぐのせいにしては悪いけれど、未熟者の手にキレの無くなったどーぐ。ネジの立場だとたまったモンじゃない。ネジにしてみたら、「えっ・・・ウソだろっ・・・近付くな!・・・よせっ。やめてくれぇー。やめろ、お願い。止めてっ。・・・うっ!」の世界(どんな世界じゃ)となる。

 けっこうスジは良いボンさんかも。くらいには評価いただいていたハズの私ではありましたが、沢山沢山ネジの頭をナメてしまいます。そこでタガネの登場です。

 その都度左手を腫らせて(タガネ1発ぁ~つ!が基本原則。ためらい傷を残すのはタガネ使いの恥。結果、左手を右手のハンマーで力いっぱい叩く場合がある。これはホント痛い)ナメたネジを緩める。当然、新しく入れ替えたボルトを締める時はタガネ以外のどーぐを使った。

 この業界、この時代の少し前。スゴイ人が居たらしい。なんと締める時もタガネを使う!スゴイ人。この人は私の入社と丁度入れ違いで退社したとかで、そのご尊顔を拝する機会は無かった。

 2つ先輩のフジワラさん。 「おい、作州の山ゴリラ(私の事)ちょっとここ持てぇー。ハヨせぇー」「ほれっ、チカラ出せぇっ」「ブサイクなやっちゃなぁー。ちゃんと押さえとけぇー」と、やさしくこき使ってくれた。このフジワラさんの先輩にあたる人が、このスゴイ人だったらしい。やさしく、且つ口もほんの少し悪いフジワラさん。あまり他人のコトも誉めない。けど、「車直すのに工具は要らん。ハンマーとタガネが有ったら出来るんじゃ」との名言に、そのフジワラさんは彼を師と仰いでいた。見たこと無いがスゴイ人が居たらしい。タガネとハンマーで「カァンッ」と緩めて「ゴグンッ」と締める。叩き倒しての「整備」の仕事。きっとその大先輩は高名な板金屋さんか鍛冶屋さんになっているに違いない。

 後年、私も憧れの新品工具セットを手に入れるコトが出来た。この頃には、タガネ一発でネジを緩める事が出来る様になっていた。あまり自慢出来るスキルでは無いけど、少なくとも私より後にこの業界に入った人達で、頃良い「1発緩め」出来る人は居なかったように思う。

 (聴いて、聴いて!)現在のどーぐは。スナップオンだモンねぇー(シトロートのユーザーさんが、私のより立派なセットをよく持ってたりするけど)。スナップオンはなおさら世界が違う。キッチリ&カッチリ感に加えて、何と言ったら良いのだろう・・・うぅ~ん。シットリ感?かなぁ。力点、作用点の双方に独特のモノを感じさせてくれる。

 独立したって(したから)さすがにスナップオンでどーぐを1度に揃えることは出来なかった。1ヶ月に2回、例の工具満載バンがやって来る。何を置いてもイソイソ、ルンルンでウォークスルーの荷室に入って行く私。そのバンから、カァーちゃんに内緒で、我が工具ボックスにそぉ~っと仕舞い込む事10余年。きっちり、カッチリとキレのイイ心の友は増え続けている。この心の友たちと、31年まーよー飽きもせず、明日も明後日もずーっと修理屋さんしています。皆さん遊びにいらっしゃい。何でも直しますよ。皆さんの愛車のボルトをタガネで締めたりしないから。たぶん。

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