会長敬白

6.コタツの上にエンジン

家出少年へ高度成長期がプレゼントしてくれたW1S。ずっとずぅっと相棒として傍に居てもらうつもりでいたが、手放した。結婚した後、暫くは2毛作就業をやっていた。昼間は正しい整備業、夜はちょっと正しいベースマン。昼間使う道具はちゃんと工場に在った。問題は夜の仕事に使う道具。自分用のちゃんとした道具が無い。中古のジャズベースを手に入れるため、本当に断腸の思いで泣く泣く手離したW1S。

 そのW1Sが取り持つ縁で、当時すでに永い付き合いになっていたイサオちゃんが、「うちの若い衆(といっても2歳年下の)がSL350を手放すそうな。ウッちゃん要らン?」と嬉しい話を持ってきた。1980年だったと思う。
 いつかは手に入れたいバイクの1台だったので喜んで見に行った。SL350K1/71年モデルだった。新車から乗っていたそうだが、よくある放置状態車。使われ消耗より置きイタミが激しい。ふむふむと観察していると、「連れて帰って」とSLが囁いた。確かに聞こえた。と持って帰った後でカァちゃんに説明したけど、信じてくれなかった。確かに聞こえたような気がしたんだけど。特別仲間価格で分けてもらった。

 「よーし。キレイにするぞ」と気合充実。先ずは全バラだ。さて、エンジンは。先入観でそう見えただけだったかもしれないが、「こりゃーいけんがナ」と思った。SLはCB系のエンジンを中低速域寄りに振ったエンジン。バラシて見ると案の定給排気ポートは随分小さくなっていた。就業後の工場で数日間懸命に削った後、家に持ち帰った。時は冬でストーブの消えた工場は冷えた。Nチン作っていた頃、ハナ水垂らそうが指の感覚が無くなるまで冷えようが没頭出来たのに、どうも寒くていけない。
 寒い冬の夜。子供たちを早く寝付かせた後。カァちゃんじゃなくて、エンジンヘッドを撫で摩り磨いた。作業台はコタツ。当時はまだ両ポートともピカピカに光っているのが偉いエンジン、パワーが出るエンジンというのが定説だった。コタツの上でシコシコ磨く。

 「あんた、何を始めるの。こんなモン炬燵板に乗っけてェー。ったく。あっ、あーあぁ、オイルこぼした。もー、汚いなぁー何よこのきたないウエス、こんなトコ置いて。あっ、コラ!布団でいま手拭いたでしょう。家に居たら居たでこんなコト始めて・・・子供よりも家散らかす親ってあんたぐらいのモンよー。もーっ止めて!」と、カァちゃんは激励してくれ、コタツの周りでは2人の子供達が丸まって寝息をたてていた、寒い寒い冬の夜があったのでした。

 カァちゃん撫でるよりもワクワクした。カァちゃんより磨き甲斐があった。段付きなんか無い。鏡面に仕上げるんだ。ポートに指突っ込んで表面の仕上がり具合を確認。フムフムこの感触・・・ポートに指突っ込んで恍惚としてしまう私。今想い起こすに、ほんの少しアブナイ状態にあったかもしれない。ホンの少し。実際、子作り作業よりも有意義に感じた。おかげで標準的な二人の子持ちのままで通せた。貧乏人の子沢山路線に陥る可能性もあったが、SLのヘッドが救ってくれた。

 カァーちゃんに嫌われバカにされながら、子どもの様子を見ながら、納得いくまで光らせた。吸気も排気もピカピカだ。対熱缶スプレーでつや消しの黒に塗る。フィンの端だけヤスリで削るとヘッドだけは新品状態になった。ヤッタ!すると・・・他と釣り合いが取れなくなった。もう後には引けない。錆びたスポークとリムは1ヶ月分の小遣いをはたいて新品に、しかもアルミリムだヨーン。カムシャフト、キャブレーター他はCBの部品を流用。SLの顔のハネ上がったマフラーの芯を短くして・・・後はフレーム他の塗装。これはやっぱりプロにお願いして、オリタのおっさんの仕事。なハっ、ナハハハ。完成した。新車よりキレイだ。達成感。充実感。ヤッタ!

 さー登録するぞ。

「カーちゃん、廃車証はどこにしもうたかなぁ?茶色い封筒に入れとったんじゃけど」

「えーどんなやつ?自分で探しよー。めんどくさいなァ。空かと思って捨てたのは1つあったけどなぁ」

 えっ。・・・。

 「バカヤロー。廃車証は再交付出来ん」「なに?バカって?だいたいそんな大事なモンなら・・・それに・・・あん時だって・・・今こそちゃんと言っとくけど・・・ ・・・<以下とてもとても沢山の文字>」


 大逆襲をいただいた。

 あっけない幕切れで、新車状態のSL350K1はただの置物になった。ナイショです。時効だと思うのですが、もう1台のCB250のプレート付けて時々ご近所回り(四国近辺を含む)に連れ出したりした事は有りました。

  SL350K1 1971年発売
  全長:2.110mm 全幅:840mm 全高:1.140mm 車重:147kg
  ボア・ストローク:64×50.6mm 325cc 圧縮比:9.5
  最高出力:25ps/8.000rpm 最大トルク:2.5Kgmf/6.000rpm
  最高時速:135km/h

ドゥカに巡り会うまであとわずか…

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